ミシュラン3つ星を獲得
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本家本元のミシュランで3つ星を獲得した小林圭さん(42歳)が、今の心境と27年に及ぶ料理人人生を振り返ってくれた。「いま、ようやく石ころからダイヤモンドの原型ができたと思っています。ここから磨いて世界中で売れるような、全世界の人にここで食べてみたいと思っていただけるレストランを目指します」
小林圭さんが7年間働いた「プラザ・アテネ」時代の師匠であり、フランス料理界の巨匠アラン・デュカスは、こんな賛辞を送っている。「君は他の偉大なシェフのように、料理人としての人生にすべてを捧げてきた。自分の仕事に強い信念を持ち、類い稀な美意識と感受性、素晴らしいビジョンを皿の上で表現してきた。君の3つ星獲得の快挙を心から祝うとともに、こんにちのフランスの高級料理に新たな光をもたらしてくれたことに感謝している」と。
料理を「絵画」に見立て、卓越したセンスと美意識で仕上げる。
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軌跡
長野県諏訪市の美しい畑が連なる場所で小林圭さんは育った。父が日本料理の料理人だったこともあって、9歳の頃には兄と台所でオムレツやカレーを作る少年になっていた。ある日、テレビのドキュメンタリーでフランスの著名シェフの姿を見て感銘を受ける。「シェフのコックコートを見てかっこいいなと思ったんです。それまでフランス料理は食べたこともなかった。でも、その禿げたシェフの立ち姿があまりに格好よくて、自分もフレンチの料理人になりたいと強く思いました」
そのシェフこそが、アラン・デュカスの師匠だったアラン・シャペル。70年代からヌーヴェル・キュイジーヌの旋風を巻き起こし、52歳でこの世を去った伝説の料理人だ。
フォアグラのコンフィ。リュバーブをしのばせ、イチゴ水のジュレで囲み、色とりどりの花びらを重ねる。それぞれの花に味があり、酸味、味わい、香りのバランスが絶妙。食材を生かした組み合わせの妙に脱帽。
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料理人として過ごした27年間、すべてが必要なんです
15歳で料理人を志す。地元・長野の「東急ハーヴェストクラブ蓼科」に3年8カ月勤務し、フランス料理の基盤を身につけた。「あの店では一生分怒られました。〝お前みたいなやつは見たことがない。今すぐ家に帰れ〟と何度も罵倒されましたが、自分が決めた道だし、何よりも料理以外の選択肢はなかった。それに怒られた時期も含めて、料理人として過ごしたこれまでの27年間は、すべてが必要だったんです」。
記憶に残る皿との出会いもあった。「人参のポタージュはコンフィ(蒸し焼き)して煮詰めただけのシンプルな料理ですが、これまでに食べたことのない、目が覚めるほどのおいしさでした」。
シグネチャーの「庭園サラダ」。軽いマヨネーズであえた25種類の野菜、ルッコラのクリーム、トマトのドレッシング、レモンのエミュルション、サイコロ状に切ったサーモンで緻密に構成。ゲストは各自のスプーンでぐるっと混ぜてからいただく。新しい味覚の発見へといざなう優雅でどこか大胆な逸品。
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19歳で上京。その頃、〝フレンチの醍醐味は肉料理〟といわれていた。師事したシェフから「肉をやるならフランスに行け」と肩を押され、21歳の時に15万円を手に渡仏。バゲット1本で3日をしのぎ栄養失調になる日々を乗り越えて、ようやく南仏の名店「オーベルジュ・デュ・ヴュー・ピュイ」に採用された。MOF(国家最優秀職人賞)の称号をもち、絶対君主と称される料理人ジル・グジョンの店だ。そこでは小林さんらしい逸話を残している。日本人には魚のポストで腕をふるってもらいたいというシェフの要請に、小林さんはある行動をとった。「あれだけ強烈なシェフだから、自分は肉料理の腕を磨きにきたとは言えなかったです。そこで魚のアレルギーなので魚に触れられない。肉をやれないならやめると言ったら納得してくれました」。グジョンは当時を振り返る。「圭に初めて出会った時、全身スタイリッシュな衣装に身を包み、髪はブロンドで、料理人とは思えない出で立ちに面食らったものです。けれど、フランスの食文化と食材に心酔していて高級料理を学ぶ貪欲な姿勢を持っていることが一瞬でわかったのです。以来、生産者のもとを一緒に訪れ、大地を歩き回りました。彼はむこうみずな大胆さの裏に、シャイで、驚くほどの謙虚さを併せ持った男です」。
皿選びや色使いも美しい。「お客様の五感を刺激する、記憶に残る料理を目指しています」
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謙虚とはいえ、フランスで成功したいなら、自分の要求を伝えなければ通用しない。彼のその後を追おう。
小林さんはその後、別の店でパティスリーを経験し、ジビエ料理で有名なアルザスの店に移動、店の定休日には隣の精肉店で修業を重ね、年間で150頭もの鹿をさばき、ジビエ料理の真髄に触れた。
鳩のロースト。フォアグラと黒トリュフをたっぷりとのせてロッシーニ風に仕立てた。赤ワインを煮詰めたペリグーソースはバターを減らして軽さをもたらし、酸味と甘みを整えた。ジビエに精通し、熟練の技を持つ小林さんの渾身の作品。
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2003年、パリに進出し、アラン・デュカスの手がける3つ星レストラン「プラザ・アテネ」に入社する。そこはピラミッド型の階級制度が存在する戦場のような職場だった。3つ星レストランで肉や魚部門の責任者を務めた者でさえ、まずは見習いからスタートする。「それでみんなが上を目指すんです。プラザでは徹底した素材の見極めにこだわり、教育やマネジメントを含めた〝3つ星たる店〟のあり方を学びました」という。そして、その頃から独立の道を探り始めた。
いいものを作りたいならすべてにこだわらないといけません
エントランス。「料理と空間とサービスが三位一体となった劇場のようなレストランでありたいです」
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僕はガストロノミー店をやる
2011年3月、パリ中心の一等地に店を開く。そこはもとはジェラール・ベッソンという世界的に知られる料理人の店で、ベッソンは、あまたいる料理人の中から小林さんの腕を信じて譲り渡したのだった。小林さんは冬になると、ベッソンのスペシャリテの鴨やフォアグラを使ったパイ包み焼きの「美しいオーロラの枕」を自分なりにアレンジして提供した。古典料理を継承しようという真摯な姿勢が買われて、保守的な料理愛好家からも認められていった。開店した翌年には1つ星を、6年後に2つ星を獲得し、今年3つ星に昇格した。
メインダイニングには、サン・ルイ社製のクリスタルのシャンデリアが輝く。白とグレーでシックにまとめられ、格調高い。
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料理研究家のフランソワ・シモンは解説する。「彼の類い稀な才能はミシュランの評価軸を徹底的に分析し、それに照準を定めていったことにも表れています。フランスの美食業界が特殊なことを理解した上で、自分の料理を打ち出した。2018年頃には、すでに3つ星に値する料理を作っていましたが、万事控えめに常に安定した完璧な料理を出し続けたのです。周囲のフランスの料理人からも一目置かれる存在になっていました」。
A.P.C.の創始者、ジャン・トゥイトゥーは「フランソワ・シモンの紹介で圭の家で料理を味わった瞬間から、すぐに彼は限界のない偉大な才能の持ち主だと確信しました。その日以来、私は忠実な顧客となったのです」とコメントし、彼の才能を手放しで称賛する。
2人用のテーブル皿やオブジェのチョイスにもこだわり抜く。
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ミシュランでは彼の料理は日本とフランスの味を調和させたものだと評価される。週刊誌『ル・ポワン』の料理記者、チボー・ダナンシェは、「ふたつの文化の良いところを融合させています。日本の美学、自然観、正確さ、色の調和、それにフランスの味覚のバランス、テクスチャーの繊細さ、緻密さ、洗練、とこの2つの文化を一皿の上で表現しているのです」と、述べる。
開店当時から提供する「庭園サラダ」は時を経て磨き上げられたスペシャリテだ。誰の料理にも似ていなくて、彼自身の美的感覚が前面に出ている。100人の料理人が同じ料理を作ったとしても、小林さんの作ったお皿がどれだか当てられるだろう。
週刊誌『レクスプレス』の料理記者エゼキエル・ゼラは言う。「彼の料理で日本的だと思う点は、「絵画」にも似た一分の隙もない仕上げです。「庭園サラダ」はシンプルで素朴な料理のように説明されているが、驚くほど造形的で複雑な奥行きがある。21世紀のフランス料理界を代表する料理人ミシェル・ブラスの名作料理「ガルグイユ」に匹敵する逸品だと思います。それから特筆すべき点は、「Restaurant KEI」はデザートも素晴らしく美味しいことです。このような店はフランスの三つ星店でも、そう多くはないでしょう。この店は類稀な才能を持つパティシエを抱えています」
「ガルグイユ」とは、もとは、ジャガイモと生ハムなどを煮込んだオーブラック地方の郷土料理だが、ミシェル・ブラスはそこに四季折々の野菜の若葉、ハーブ、花や茎を加えて構成し、孤高の一品に仕立てた。
メニューはコースのみでランチは5〜8皿の構成で68、145、230、290ユーロ、ディナーは6〜8皿の構成で130(土曜の夜を除く)、165、230、290ユーロ。
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小林さんは料理人の人生をマラソンランナーにたとえる。
「いいものを作りたいと思ったらすべてにこだわらないといけません。マラソンもフォームから走り方から、すべてにこだわるじゃないですか。料理も同じ。別の人が作った料理を食べると、自分だったら、という思いが湧いてくる。作っている瞬間も次はこう、明日はこうと常に思っているわけです」
さらなる高みを目指して、ひとつひとつに全力を尽くしていくのだろう。小林圭さんの快進撃は、まだ始まったばかりだ。
服はシンプル・イズ・ベストが信条
「最近はシンプルなものが好きで、あえて崩すようにしています。マルジェラやコム デ ギャルソンの服にルブタンのスニーカーを合わせるのが定番です。青山のコム デ ギャルソンのショップには一時帰国の際に、僕が好きそうなものを用意してもらうんです」
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Restaurant KEI
住: 5 Rue Coq Héron,75001 Paris
TEL: +33(0)1 42 33 14 74
営: 12:30〜13:30、19:45〜21:15
休: 日、月、木曜のランチ
https://www.restaurant-kei.fr/welcome-japan.html
オンライン予約(日本語)
文・魚住桜子 写真・矢嶋 修 ヘアメイク・御幸 剛
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June 17, 2020 at 06:07AM
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日本人初の在仏3つ星フレンチ・シェフ、小林圭さんを取材!──料理人人生のマラソンは、まだまだ終わらない - GQ JAPAN
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