ザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)は、毎年数千キロを移動し、魅惑的な歌を歌い、迫力あるジャンプを見せ、仲間同士協力して狩りをするなど、驚きの「文化」をもっている。そして最新の研究では、海に漂うコンブで遊ぶような行動を見せることも明らかになった。ひれとひれの間でコンブを動かしたり、コンブのなかで転げまわったり、何よりも興味深いのは、コンブを帽子のように頭に載せることもあるという。
2023年9月15日付で学術誌「Journal of Marine Science and Engineering」に掲載された論文によると、この行動は「ケルピング」と呼ばれ(コンブを英語でケルプという)、世界的にみられる現象であるという。世界中で海藻と遊ぶザトウクジラを撮影した100件以上のソーシャルメディアの投稿を分析した結果、ケルピングはそれまで考えられていたよりもずっと一般的だと示された。
クジラがケルピングを楽しんでいるように見えるのは間違いない。だが、30〜40分も続けていると、何か別の目的もあるように思えてくる。オーストラリア、グリフィス大学の特別研究員で、論文を共同執筆したオラフ・マイネッケ氏も、そう考えた。
「コンブの小さな切れ端とただ遊んでいるだけにしては、ずいぶんと時間をかけているなと思いました。遊び以上の何かがあるのかもしれません」
クジラは、体の全ての部分を使って、上手に優しくコンブを扱っていることから、体を動かす訓練をしているのではないかと、マイネッケ氏は推測する。餌をとるためには、器用さが求められ、筋肉の動きを協調させる必要がある。また、コンブの感触が気持ちいいのかもしれないし、皮膚の調子を整えてくれるのかもしれない。
コククジラやセミクジラでも
ケルピングが初めて観察されたのは、2007年のことだった。ザトウクジラだけでなく、コククジラやセミクジラ、ミナミセミクジラなど、他のヒゲクジラ類でも同じ行動が観察されている。
ケルピングの動画を見たマイネッケ氏は、この現象について書かれた2012年の論文を読んで、興味を持った。マイネッケ氏が見た3本のドローン動画は、それぞれ別の個体を撮影したものであり、ほかに同じことをするクジラはどのくらいいるのだろうかと気になった。
さらにデータを集めるために、ソーシャルメディアで「ケルピング」「ザトウクジラ」「クジラ」「海藻」などといったキーワードを入れて検索したところ、数百件もの投稿が見つかった。マイネッケ氏の研究チームは、これらの投稿を体系的に分析した。
その結果、この行動が偶発的ではないことが確実になったと、マイネッケ氏は言う。「海の中で何かを体に触れさせるのは簡単ではありません。海藻の方からクジラの体に寄って来るわけでもなく、ゆらゆらと離れて行ってしまうものですから」
米アラスカ大学サウスイースト校の海洋生物学教授、ハイディ・ピアーソン氏は、この研究には参加していないが、アラスカ州ジュノー沖の海でザトウクジラを研究していたときに、ケルピングを見たことがあると話す。「バーナクルス」と名付けたメスクジラの体に釣り糸が絡まっていたように見えたが、実はコンブを背中に引っ掛けて遊んでいただけだったという。
「とはいえ、それを定量的に記録したことはありません。この行動がケルピングと呼ばれていることも知りませんでした」
気持ちが良くなるため?
マイネッケ氏が特に興味をそそられたのは、北半球でも南半球でも、様々な群れのザトウクジラが、みな海藻を頭に載せていた点だ。研究チームが分析した動画や画像の半分以上で、額にコンブを載せたクジラがいた。
ヒゲクジラ類は、頭を掻いてもらうのが好きだと言われている。コククジラは、鼻を撫でてもらうためにホエールウォッチングのボートに寄ってくることで知られている。
クジラには自分で自分を掻く手がないため、「別の方法で、気持ちいい感触を求めているのかもしれません」と、ピアーソン氏は言う。
「コンブはぬるぬるして滑りやすく、なめらかで肌触りがいいので、クジラもこれをマッサージのように楽しんでいるのはないかと思います」
スキンケアの可能性も
クジラは、コンブをクレンジングフェイスマスクとして使っている可能性もある。コンブには、細菌の量を減らす抗菌作用がある。そのコンブを体中にこすりつけ、寄生虫をこそげ落とし、細菌やウイルスの繁殖、または皮膚感染症を予防しているのかもしれないと、マイネッケ氏は言う。
ピアーソン氏も同意し、ケルピングには遊びと健康維持という両方の効果があるのではと話す。
コンブを口のなかに入れるクジラもいる。「フロスで歯を掃除するように、自分で掃除できない唇の部分にコンブをこすりつけようとしているように見えます」と、マイネッケ氏は言う。
「ザトウクジラには歯がないため、ネコが歯で獲物を捕らえるように、口で何かをつかむということはしません。ただ、完全に立証するのは無理です。クジラに聞くわけにはいきませんから」
ソーシャルメディアへの投稿から
最近では、一般の人でも高性能のカメラやドローンを所有しているため、ケルピングの記録は前よりもずっと簡単になっていると、マイネッケ氏は言う。特に、ドローン動画は静止画よりも科学的観察に向いている。静止画では、「撮影される前と後に動物が何をしていたのかを知ることができませんし、どのくらいの間そうしていたのかもわかりません」
この研究は、「クジラが頭にコンブを載せているのが面白いと思ってソーシャルメディアに投稿した一般の人たちがいなければ実現しませんでした」と、マイネッケ氏は言う。
おかげで、世界中の研究者たちがこの研究に注目し、マイネッケ氏のもとにはケルピングを見たという人たちからのメールが殺到しているという。「タヒチ在住の人からは、いつも目にするというメッセージが届きました」
世界に知られるようになったことで、この行動やその恩恵について、またはほかの種もケルピングをするのかなど、今後さらに研究が進むことが期待される。
文=MELISSA HOBSON/訳=荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2023年10月11日公開)
からの記事と詳細 ( コンブを頭に載せるクジラたち 遊びか、スキンケアか - 日本経済新聞 )
https://ift.tt/nADrsdz
No comments:
Post a Comment