文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:豊田 有恒 / 作家)
星新一さんは、先輩作家でもあり、私たち夫婦の仲人でもある。年齢は一回り上の同じ寅年だから、十二歳上ということになるが、なくなるまで、ずっと横並びの友人として付き合ってくださった。星さんから、上から目線で、ものを言われたことがない。
そこで、星さんへの甘えついでに、敬称略で、語らせてもらうことにする。星新一という作家が、同じSF作家仲間で、両巨頭とまで称された小松左京に匹敵する博識な人だということは、あまり知られていないのではないだろうか。黎明期のSF界では、旅行などする際、星、小松の二人は、同じ車に乗せないという不文律があった。つまり、危機管理というわけだ。万一、事故でも起こったりして、二人の身になにかあったら、できたばかりの日本SFが壊滅してしまうからだ。
小松左京のほうが、星新一より、ずっと、話好きで、情報マニアのような人だから、二人そろっていると、小松の蘊蓄が目立ってしまうのだが、星ひとりのときだと、歴史の話、エネルギーの話など、われわれ後輩に教えてくれる。これが大変な博識で、いつも勉強になった。ありがたい体験だった。
ここでは、星の『きまぐれ学問所』の解説を書かせてもらうことになった。星学ともいうべき博識の集大成である。
ショートショートの神様とまで呼ばれた星新一は、星製薬、星薬科大学の創始者として有名な星一の長男として生まれた。父親の一は、アメリカのコロンビア大学を卒業した修士で、国際人である。星一は、多くの著書を著しているが、その中には『三十年後』というSF小説もある。この父にして、この子あり、といった典型だろう。
新一は、この父親の薫陶を受けて、御曹司として育った。子どもの頃、運転手付きの自家用車で送られる途中、なぜかドアが開いてしまい、道路に転落したことがある。車など普及していない時代だから、それほど車は通っていない。幸い後続車に轢かれることもなく、無事だった。
やがて、新一は、東京大学農学部へ進学し、農芸化学を学んだ。いわゆる第一期SF作家のなかでは、数少ない理系作家である。父親の後をついで、星製薬を立て直そうとするのだが、倒産に追いやられる。この間の事情について、新一は、『人民は弱し 官吏は強し』で書いている。
「『文章読本』を読んで」。この一章を読むだけでも、お買い得。ショートショートの名手が、多くの文章読本を、俎上に挙げて、実際に文章の書きかたを教えてくれるのだから、ありがたい話だ。わたしも、作家になる前に、読んでおきたかったくらいだ。この本で、星新一は、文章を書く上でのタブーを、おかしている。文章には、ですます調と、である調がある。ですます調のほうが口語的だから、わかりやすい。たいていの文章論では、この二種類の文体を、混ぜてはいけないとしている。星は、この本で、わざと、ですます調と、である調を、混用している。わざとタブーをおかすことによって、判りやすくするところは、ですます調にして、強調しているのだ。
「凧のフランクリン」は、アメリカの啓蒙家、発明家ベンジャミン・フランクリンの話。多くのフランクリン伝から、その実像を教えてくれる。
また、次の「ファシスト人物伝」も、星らしい皮肉なテーマ。アーネスト・ヘミングウェーの名作『誰がために鐘は鳴る』は、スペイン内戦を描いた傑作で、映画化もされている。ファシストとして、独裁者フランコ将軍は、敵方とされているが、知られざる一面を語ってくれる。新兵器のテスト場とまで言われ、ヒトラーには世話になっているが、フランコは、大戦ではナチスに加担しない。しかも、死後は独裁を止めて、王制復古を遺言する。意外である。
以下、「人生について」、「エスキモーとそのむこう」「老荘の思想」など、いろいろなテーマの本を、わかりやすく示したうえで解説。星の興味関心が、少数民族から中国の諸子百家の思想まで、多岐にわたる読書からもたらされたことがわかる。ダイジェストして判り易く解説してもらえるのだから、ありがたい。
発想法に関する章は、千篇以上のショートショートを書いた星新一のアイデアにこだわる研究である。面白いもの、くだらないものなど、笑ったり、感心したりしながら読めるように工夫してある。アイデアを得るには、近道はない。ああでもない、こうでもないと、たくさんのアイデアを考えたうえで、使えるのはごく僅かだということだ。いろいろな本を紹介しながら、商品開発、作家志望、マーケティングなど、多くの分野の人々にとって有益な資料となっている。
次は、唐代の中国に、話が戻る。酒仙と呼ばれた詩人李白について、多くの書物を参考にして、謎の詩人像を描き出す。そして、最後の「フィナーレ」という章。人間の死に方を、考える。読みどころは、星新一が考えた有名人の最期の言葉。これは、それぞれ、もっとも短いショートショートになっている。例えば、桃太郎。「やられた、鬼が島の残党のしわざにちがいない」
こういった調子で、白雪姫だの、明智光秀だの、多くの人々の最期の言葉を、創作してしまったうえで、読者も作って見ろと挑戦している。
星新一なら、その博学を活かして、この手の本をもっと書けたはずなのだが、これ一冊しかないのは惜しい。
最後に、星新一の不思議。多くの評論家が触れていないことだが、これほど博識な星新一が、千篇以上のショートショートのなかで、なにかの資料の引用を、一度もしていない点である。すべて、星の頭のなかで組み立てられたフィクションだけである。わたしなど、なにかを調べるたびに、せっかく調べたのだからなどと欲を出して、つい書きすぎてしまい、いわゆる資料倒れになってしまう。ここも、星新一の凄い点である。
▼星新一『きまぐれ学問所』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321902000596/
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